知能システム学演習

2011年度

後半戦(須藤担当)スケジュール(予定)

知能システム学演習では,ある特定のテーマ(トピック)を決めて,新聞各社のそのテーマに関する報道の仕方の違いについて調査し,報告します. テーマは,TPPや消費税率,原子力問題など最近のニュースの中から選択してください.
ex. 首相所信表明演説に関する記事,読売内紛(清武氏問題),橋下氏に関する報道,など

  • 第1回 12/5
    ガイダンス.グループ分け,調査テーマ決定 →賛否が分かれるようなテーマが望ましいです.
    • G1: プロ野球リーグ戦の結果について
    • G2: ミャンマーとアメリカの接近に対する日本の対応と動き方
    • G3: 北海道新幹線
    • G4: オリンパス問題
    • G5: 消費税増税問題
    • G6: 読売清武GMの会見
  • 第2回 12/12
    グループ作業(調査・まとめ)
    • テーマに対するメディアによる立場の違い(賛否)を強調すること.
    • どの立場が良いかについては議論しない.
    • 多様な立場が存在する背景について議論すること.単なる想像ではなく,紙面からその根拠を探し出すこと.
  • 第3回 12/19
    中間報告(発表5分+討論5分):スライド(必要であればレジュメ)を用意すること.
  • 第4回 1/16
    調査報告(発表10分)
  • 第5回 1/23
    ビブリオバトル 1回目
  • 第6回 1/30
    ビブリオバトル 2回目
  • 第7回 2/6
    予備日

2010年度

第4回 ビブリオバトル #1

年末年始休みの間に「クラスの仲間に紹介したい本」を探してきて下さい.各自持ち時間5分間でアドリブのプレゼンテーションをしてもらいます.

第3回 最近の報道から「ステレオタイプ」を増長しているとおもわれるものの具体的な例を挙げて,そう思う理由を説明せよ.

  • 観光で日本を訪れる中国人が増えており、中国人観光客のマナーの悪さが目立ってきたと報道されるようになった。お店の備品を持ち帰る人や売り場に並ぶ商品の梱包を開ける人、お店の床に集団で座り込んで休憩する人たちなど。 このような公共の場でマナー違反をしている中国人観光客を撮影した映像を複数集め、放映することによって、結果的に「中国人観光客=マナーが悪い」というステレオタイプを作り出し、増長していると思われる。
    ※意図的な意識操作?
  • ステレオタイプの報道の例として先日の「東京都 青少年健全育成条例改正」に ついて扱う. 報道を要約すると「条例は青少年には不適切な情報を隔離することが目的」「市 場には『未成年に見せるにはちょっと』という本が多い」 「漫画家や弁護士等が表現の制限として反発」「東京アニメフェアを大手十数社 がボイコット」といったものになる. 問題のわかりやすい一面しか報道していないため,「いかがわしい漫画が多いが出版をやめる気配がない」と受け取る事ができる (「表現の自由」と「青少年への悪影響」という比較的論点を突いた報道もあっ た). 「漫画・アニメだけでなく同性愛者等,未知のモノにたいする都知事の態度」 「書籍業界の取り組み」「発表の機会」 「ボイコットの理由」「都議が反対できない理由」「賛成団体の行動」等欠けて いる要素が多いため, 「条例改正に反対」=悪というステレオタイプになりやすい
  • WikiLeaks?創始者のアサンジに逮捕状が出された事に関する報道を例としてあげる。 12月1日の読売新聞の報道において、報道がなされた当日に消息が不明であったアサンジについて、 "髪を染めるなどして変装し<中略>逃亡生活を送っているとの推測が流れている。"という推測に基づいた情報と"ハッカーとしての経歴も持つ"という経歴についての情報を呈示することにより、アサンジが社会的に危険な人物であるというバイアスを増長する働きをしていると考えられる。
    以下引用記事全文(12月1日読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101201-OYT1T00496.htm)
    ウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジ氏は、オーストラリア出身のネット起業家で、ハッカーとしての経歴も持つ。 7月にウィキリークスがアフガニスタン戦争に関する米政府内部文書を公開して以降は、内部告発者保護に関する法制が充実したスウェーデンに居所を移したとされる。だが、同国で性犯罪容疑が浮上して逮捕状が出され、国際刑事警察機構(ICPO)の指名手配も受けて、現在は各国を転々としている模様だ。 欧米メディアでは、アサンジ氏が髪を染めるなどして変装し、支援者のクレジットカードを使って逃亡生活を送っているとの推測が流れている。 ロイター通信によると、南米エクアドル政府は11月30日、アサンジ氏を、「南米諸国情報を聞くため」として同国に招聘する方針を示したが、氏との連絡は取れていないという。
  • 地球温暖化」を具体例として挙げる。 我々はニュースキャスターの「今年の猛暑は地球温暖化の影響です。」などとい う言葉を特に疑問を持つことなく聞いている。我々の大半は気温や海面の高さな どを定期的に測っているわけではないだろう。しかし、日々地球温暖化が進んでいるという報道を受け、地球の温度が上がっていると信じているのである。
    ※洗脳問題?
  • ステレオタイプを増長させるような報道として、諫早湾干拓事業訴訟で菅首相が上告を断念したことに関する報道を挙げる。 この事件に関する報道として、たとえばテレビ朝日(http://news.tv- asahi.co.jp/ann/news/web/html /201216021.html)の報道では開門に反対する側の意見のみを取り扱い、見た人を開門を行うべきではないという考えに誘導させているように感じられる。 首相の対応の仕方に関しては批判されることはあるだろうが、開門すべきかは政権の動きとは話は異なってくるので、片側の意見のみを報道することは 巣テレをタイプの増長につながると考えられる。
  • 最近の不況で連日学生の就職難のニュースが報道されている。その報道のなかで よく使われるのが「ゆとり世代」という言葉だ。ゆとり世代というとコミュニケ ーション能力が低く、精神的に弱く、自己中心的であるという。世代全体を一括 りにできるわけがないが、この世代は常にこうしたマイナスイメージのレッテルを貼られて評価されている。こうしたステレオタイプなゆとり世代像に企業側は過度に反応しており、ゆとり世代の新入社員との接し方を学ぶセミナーが人気だ という。入社する前から問題児扱いされ、肩身の狭い思いをしないといけないと は「ゆとり世代」という言葉のマイナスイメージだけが増長しすぎなのではない か。
  • 「ステレオタイプ」を増長していると思われる報道の具体例として,小沢氏の政治資金疑惑の報道を挙げます.これは,民主党の小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」が2004年に東京・世田谷区の土地を約3億4000万円で購入したが,その事実が同年の政治資金収支報告書には記載されず,翌年度にされていた件に関する報道である.
    実際に政治資金規正法に違反していたかはともかく,政治家が法律に違反した疑惑があるという報道を聞くと,それが事実かどうかを考えるより先に,また政治家の不祥事があったかという風に考えてしまうと思う.特に,政治に関することはそういったことに詳しい人で無いと説明があっても良く分からず報道されたことを鵜呑みにしてしまいがちである.さらに,政治家が不祥事を起こしたという内容の報道は視聴者がくいつきやすいため,政治家の不祥事が判明すると何度も報道される.それにより政治家への悪い印象が強くなり,報道された疑惑を信じやすくなっていると思われる.
    以上の理由から今回例に挙げた小沢氏の政治資金問題の報道によって政治家が不正ばかりをしているという偏見(実際の所違反したかしてないかは分からないが)を増長していると思われる.
  • 「ステレオタイプ」を増長している報道の例として,北朝鮮軍の韓国本土砲撃を挙げる.マスコミはこの事件を,北朝鮮軍の一方的な攻撃によるものであると報じていた.朝鮮戦争以後、両国の主張する領土および領海に食い違いがあるという背景については触れられていたが,北方限界線(NLL)の問題性については言及されていなかった.韓国軍が黄海で行ってきた軍事訓練は,北朝鮮にとっては韓国軍が自国領海で挑発しているという見方もできるが,マスコミの偏った報道により,北朝鮮に非があるとみなすステレオタイプが増長されたのではないか.
  • 最近の報道として、 刃物を持った男にあるカップルが突然襲われて、彼氏は彼女をかばって逃がしたが、結果彼氏は刺し殺されてしまったという事件があった。これはニュースとして、彼氏が彼女に残した言葉「逃げろ!」と共に報道され、まるでドラマのワンシーンのようである という感動を誘うような形式での放送が多々みられた。 しかし、実際に犯人にはカップルを狙う動機があり、元々の原因を作ったのはそのカップルであった。 本来であればその原因や行動から、そのニュースを見た個人個人がそれについて 考えるべきである。 つまり、このニュースは感動するような出来事であったということのステレオタイプ増長となっている。
  • ステレオタイプを増長させている報道として、血液型性格分類を挙げる。 血液型が性格と関連していると信じることは血液型ステレオタイプと呼ばれてい る。 血液型占いのような血液型で性格を分類するTV番組や書籍の影響によって血液型 と性格を関連付ける人が非常に多い。ここまで広まった理由にはいくつかある。
    ・性格分けが4種類しかないので簡単に覚えられる。
    ・初対面の相手でも簡単に聞くことができる。
    無意識に当たっている項目を探してしまう。 自分の血液型はこういう性格だという情報を得て自分の性格と照らし合わせて、自分にもそういう部分があったようなと思い、血液型性格診断は当たっていると判断しステレオタイプが強くなっていく。
    ・そして血液型診断の定義に当てはまらない人は例外だとレッテルを貼り定義を 守る。
    といった理由が挙げられる。
  • ステレオタイプを増長していると思われる報道の例として,口蹄疫に関する報道を挙げます.今年の4月末ごろ,宮崎県で口蹄疫が爆発的に流行しました. このときにテレビでは,宮崎県の対応について議論する番組が多数報道されました. 一方,宮崎県は実際には口蹄疫発生直後に国に対応を求めていました.しかし,このとき国は何の対応も打ち出さず,それに関する報道もほとんどされませんでした. そのため,テレビを見る多くの人は「宮崎県の対応が遅かった」というステレオタイプを増長された状態でニュースを見ていました. その結果多くの人が,何十日も遅れてやっと政府が対応したのを見て「政府の対応が遅い」という感想ではなく「政府が対応してくれた」という好意的な解釈をし,逆に宮崎県の対応を非難しました.
  • 中国による尖閣諸島侵略の阻止のために10月3日に渋谷でデモを行うということ がネット上で報道された。 この報道は、中国が悪いという意識に対するステレオタイプを増長していると考 えられる。 この理由として、デモのことを多く知ってもらうことにより多くの賛同者が得られるためと考えられるからである。※<意味が分かりませんでした> 実際に10月3日にデモは行われたが、日本のテレビ局がこのデモについて全く報道しないということがあった。 これはステレオタイプを増長させないために報道しなかったのではないかという意見が多くある。
  • 近年の就職状況に関してのニュースがステレオタイプを増長しているものだと考えられます。 最近のニュースでは近年は就職氷河期であるようなことを良く耳にします。 実際に就職状況が良くないこともあるかと思いますが、 こうしたニュースでは明らかに就職氷河期であることを増長するような内容が報道されています。 例えば、就職がうまくいっていない人ばかりのインタビュー的なものだったり、就職率が○○%となっており就職率が悪い等、ネガティブな方の情報ばかりを流すことで就職氷河期というステレオタイプを増長しているように思います。 実際の状況としては就職がうまくいっていないひともいればうまくいっている人もいるので、片方の情報のみを取り上げるのではなく、公平に情報を取り上げるようにすれば、 真の事実に近づく報道になると思います。
  • 市川海老蔵の暴行事件を挙げる。テレビのワイドショーなどで盛んに取り上げられるこの事件では、「ステレオタイプ」を増長しているものと思われる。まず、市川海老蔵は11代目市川海老蔵を襲名し、大変権威のある立場にいる。それに対し、加害者は暴走族の元リーダーである。一見もと暴走族の元リーダーが悪いように思われる。これは、権威のある人間に対し、迷惑を周りに振りまく暴走族を取り仕切っていたリーダーが一方的に暴行を加えたという、単に悪いやつが暴力事件を起こしただけにも見える。しかし、市川海老蔵はその元暴走族リーダーに大変失礼な暴言を吐いていたとも言われている。なので、本当は言葉の暴力に対して、物理的な暴力を返した、一方的なものではないのかもしれない。
    報道では市川海老蔵は厳粛な記者会見で説明をしていた。それに対し、元暴走族のリーダーは反抗的な態度を見せながら警察に連行されている姿が報道されている。このように、マスコミは権威のある立場の人間はそれ相応の対処をしている姿を報道しているが、それ以外の人間には反社会的な姿を報道している。ワイドショーのアナウンサーがいくら口頭で説明を加えようとも、このようにはっきりと見た目で分けられた報道をされてしまうと、いっそうもと暴走族のリーダーの方が悪い、と感じてしまう。
  • 反日思考のステレオタイプを増長するような報道がよく見られる.最近の例で言うと,尖閣諸島問題のニュースが挙げられる.ニュースの中で中国の反日デモは大々的に取り上げているのに対して,日本で行われた反中デモに関しては殆ど取り上げられていない.このような中国に偏向した報道があった.このため,今回の尖閣諸島問題のように日本の利権が侵害されているのに対しても大きな問題として考えていない人がいる.このように偏向報道がステレオタイプを増長する原因になっている.
  • 市川海老蔵氏が暴行を受けた事件が連日報道されている. この事件では,もちろん加害者と被害者がいる. この場合,我々は暴行を行った加害者が悪いというバックグラウンドがあるため,被害者では,被害者に有利なところを,加害者では,加害者に不利なところをピックアップしがちになる. このため,ニュースでは事件とはあまり関係性の少ない事柄でも,事件と結びつけて報道する傾向にある. それによりステレオタイプを増長しているとしていると考えられる.

議題

  • 「偏った報道」はステレオタイプと直接的に関係あるか?
  • 「偏った報道」の繰り返し(洗脳?)はステレオタイプの形成と直接的に関係あるか?
  • 「偏った報道」はステレオタイプを増長させるか?

第2回 「消失したアウラ」の例を挙げて,その理由とそれによって失われたものを説明せよ.

  • 消失したアウラの例として,食べ物を挙げる.数百年前の昔では昔は国内地域の特産物でも珍しいものとして扱われていた.まして海外のものは尚更であった.しかし現在,地域の特産物や海外のものでも通信販売やスーパー,飲食店で購入したり,食べることができる.そのため,現在は珍しい食べ物がほとんど存在しない.
     この原因としては交通機関の発達,保存技術の発達,通信技術の発達が挙げられる.交通機関の発達により大量かつ高速に長距離輸送することができるようになった.また,冷凍など保存技術の発達により鮮度を保ったまま輸送することが可能になった.そして,通信技術の発達により通信販売という形で手軽に購入することが可能である.こうしたことから,現在ではいつでもどこでも殆どのものが手に入るようになった.
     失われたものとしては,多くの食べものに対して食べたときの感動が無くなったことが挙げられる.例えば,昔,カレーは特定の飲食店でしか食べることができず,さらに高価なものだったので食べたときの感動も大きかったと思われる.しかし,現在では大衆料理となっている.そのため,昔ほどの感動は無くなっている.
  • オペラなどの演劇のアウラが失われた。
    かつて演劇を見ようと思えば、演劇が行われているときに自分が劇場に行かなければ観ることができなかった。また、当時の社会構造によっては、一定以上の身分でないと観ることができなかった。しかし、映像記録の技術によって、再生環境さえあれば時間と場所に関係なく誰でも演劇を観ることができるようになり、演劇の一回性が失われた。
    また、同じ演劇でも演者がまったく同じ演技をするわけではなく、毎回の演劇で少なからず違いのあるその場だけの演技になる。しかし、その演劇が録画されることによって何度でも同じ演技が観られるようになり、演技そのものの一回性も消失した。
  • 消失したアウラの例としてアイドルを挙げる.昔のアイドルはそれなりに容姿と才能を持っており,露出する媒体(雑誌やテレビ番組)などが限定されていた.現代ではアイドルが量産される時代となり,どの媒体にも出現し欠けている点は技術や別の才能でカバー(写真修正,キャラクターを作り込む等)している.これにより&color(red,white){アイドルの希少性・偶像性が失われた}(都道府県レベルでの美男美女から同じ学校の美男美女レベルへ);.
  • 消失したアウラの一つとして、音楽のアウラを挙げる。高精度な録音が可能になったことによって、演奏会や教会といった特別な場でしか聞けない音楽から、いつでも場所を問わず、何度も聞くことのできる音楽に変化した。これによって、教会や宮廷といった場所において、演奏される音楽がもっていた神秘性や、高貴さといった意味合いは失なわれた。また、何度もリアルに録音された同じ演奏が聞けることによって、人が演奏する限り完全に同じ演奏は再現できないという一回性の価値は減少した。
  • 消失したアウラの例として「絵画」を挙げる。写真機発明以前、モノを見るには直接見るかそれが描かれた絵画を見ることが主だった(会話から想像もあるが情報量が余りに小さい)。しかし、写真機発明以降モノを撮ることによって正確・手早くその情報を保存できるようになり、それが複製され紙媒体や、最近ではインターネットを介して容易に見ることが出来るようになった。元々「絵画」が持っていた「相手に知らない情報を伝える」というものは消えつつあり、芸術性が残るばかりである
  • アウラが消失したものとして、絵画をはじめとする芸術作品を挙げる。これらからアウラが消失した理由として写真による視覚記憶の複製が考えられる。複製により直接見に行かなくても見られるようになり「行く」という手間が省かれ、いつでも見られることになり、「また見たい」と思うことがほとん どなくなった。
    また、現代の建築物についても同じようにアウラが消失しているのではないかと考えられる。現代の建築は昔と同じものを立てるとしても昔と比べ手間がかからなくなった。そのため、建築物を見たとしてもその建築物自体に特別な感想を抱くことはなくなったのではないかと考える。
  • 私が消失したアウラの話を聞いて真っ先に思い浮かべたのはダダイズムである。ダダイズムとは1920年頃起きた芸術運動のことで、既存の芸術を否定し日常品、複製品に芸術性を見いだす運動である。ダダイズムの中心的な人物と言えばマルセル・デュシャンであるが、彼は男性用便器を「泉」と題して展覧会に出品したり、モナ・リザの複製品に髭を描き加えただけの作品「L.H.O.O.Q」を発表している。まさに芸術作品が持つ一回性や神秘性を否定する行為である。今までダダイズムというのは単なる悪ふざけとしか思えなかったが、アウラの消失という観点から見ると、複製品によって芸術からアウラが消失したことを真っ先に示唆し、新たな芸術の可能性を示したように思える。実際、現代芸術はダダイズムから影響を受けたポップアート、シュルレアリスム、キュビスムといった従来の芸術を否定したものが多い。これらの芸術作品は確かに神秘性というものは失ったかもしれないが、見るものに強いインパクトを与えるという意味では複製時代の芸術のあり方をよく表しているといえる。
  • 「消失したアウラ」の例として,人があると思います.電話などの通信手段が無かった時は,連絡を取るには手間がかかった.特に,すぐに返事をもらいたい時は直接会いに行く必要があった.しかし,携帯電話やインターネットが普及したため,面と向かって会話しなくても簡単に連絡が取れたり,写真などでその人の顔が分かるようになった.そのように,人と人とが面と向かって会話する機会が失われた事で,相手の態度や雰囲気から気持ちを推測するなどのコミュニケーションに大切な事が失われたと思われる.それに,いつでも連絡できるためその人と出会うことの希少価値も失われてしまった と思われる.
  • 消失したアウラの例として,テレビ電話をあげる.テレビ電話は今では広く浸透した通信技術である.とくにskypeが広まったことで,インターネットを経由したテレビ電話が安価に早く提供されることとなった.テレビ電話が普及したことによって,遠く離れた他者との通信が以前よりも便利になった.テレビ電話の特徴は,相手の顔を見ながら,相手の声を聞く(もしくは文字情報を送受し合う)ことができる点である.電話やメールにはなかった,リアルタイムで動く相手の姿という情報によって,遠隔地の他者とのコミュニケーションに対する満足感が向上したと考えることもできる.
    しかし,その反面,直接会ってコミュニケーションをすることや,もっとアナログなメディア(手紙など)の重要性が低下しているのではないかと私は考える.とくに,ベンヤミンのアウラ的観点から考えた場合,「今,ここにしかない(今,この瞬間しか会えない)という一回性」が失われ,Face to faceのコミュニケーションが単なるテレビ電話の延長という感覚に劣化してしまったと考えることができる.
  • 失したアウラの例として映画がある。テレビ、ビデオの普及により自宅でも簡単に映画を観ることができるようになった。さらに近年では、プロジェクターや大型テレビ、ホームシアター、DVDの普及によって簡単に大画面、高音質で迫力のある映像を自宅で楽しむことができるようになった。そのため、わざわざ映画館に行かなくてもいいという人が増えている。
  • 「映画」は,ビデオやDVDによる記録媒体の登場により,アウラが消失したと考えられる.理由として,映画を見るということは,放映期間内に映画館へ自ら足を運ぶことにより,視聴することができた.しかし,DVDなどの記録媒体により大量に複製でき,それを買うことでわざわざ映画館に行く手間を省き,自分の好きな時間に映画を視聴できるようになった.このため,アウラが消失したと考えられる.このアウラの消失により失われたものは,映画館で見なくてはいけないという一回性,放映期間内という時間的制約が挙げられる.
  • 消失したアウラの例として「写真が発明される以前の芸術作品が持っていた,人に想像をさせる力」を挙げる. 写真が発明される以前は,有名な芸術作品を見たいと思った時,それが存在する場所に自ら出向いて自分の目で見るしか方法がなかった.そのため「○○という素晴らしい芸術作品がある」と聞いても,ほとんどの場合,その作品を直接見ることができず,想像して楽しむしかなかった.しかし,写真が発明されることで,その芸術作品のコピーを簡単に見ることができるようになった.本物のような素晴らしさは伝わらないとしても,実物の概要は簡単に知ることができ,その姿を想像する必要がなくなった.そのため,人は有名な芸術作品に興味を持ったとき,本などですぐ調べるようになり,想像で楽しむということはなくなった.以上より,消失したアウラは「芸術作品が人に想像をさせる力」である.また,それによって失われたものは「想像によって芸術作品を楽しむこと」である.
  • 風景写真では人や動物、周囲の環境を不要な物として写さないことが多く、建築 物や華などの被写体のみが綺麗に写るように撮る。
    ・失われたもの
    金閣寺は人が多いので騒々しく、その周囲は観光の為に拓けており、また建物がよく見える位置には誰かしらが陣取っている。 対して銀閣寺は人が少なく、森の中にあるのでしんみりとした風情がある。 そういった周囲の環境や賑わっているといった情報が写真から失われてしまっている。
  • 「消失したアウラ」の例として風景を挙げる。その理由として、デジタルカメラの増加に伴い風景写真がネット上に多々アップロードされており、現地へ赴かなくてもパソコン上で簡単に見ることができるためである。それにより、その風景の情報を耳にしただけという場合や何の前情報もない場合などに比べ、既に写真で見たことのある風景を実際に見たときの感動が失われていると考える。また、自分のブログに載せたいためやアルバムに残しておきたいために撮影するのに夢中となり、風景に対する感動がそっちのけになっている人が多くいると思う。
  • 消失したアウラの例として音楽を挙げる。音楽はレコードが発明されるまでは演奏している所で直接聞くしかなく、そこには生で聴いているからこそのアウラがあったと考える。これは、音楽の場合はその場の雰囲気や空気(音の振動)などが聴衆に作用するはずだからである。しかしレコードによって複製が容易に行われるようになると、人は家にいながら音楽を聴くことが出来るようになった。今では、CD等の発明により、家だけでなくどこでも音楽を聞くことが出来るようになった。こうした複製は音をコピーすることはできるが、その場の雰囲気等周りの環境まで複製することはできない。つまりオリジナルの芸術そのものをコピーすることは可能であるが、その芸術を感じ取る場所の環境(状況)までをコピーしていないのである(失われたもの)。これによって人は複製品に対してアウラを感じることが出来ないのではないかと考える。つまりは、人は芸術を「どこで」・「いつ」感じ取るかが重要であり、「どこでも」・「いつでも」感じ取れる場合にはアウラを感じ取らないということになる。
  • 「消失したアウラ」の例として電子書籍化された絶版本をあげる。絶版本はすでに販売が終了した書籍である。なので、市場に出ているものしか存在しない。数が限られているため希少価値が生まれているものもある。しかし、それが電子書籍化してしまった場合、誰でも簡単に複製を手に入れることができる。紙の本がいいという人もいれば、内容を読めればよいと考える人もいる。しかし、手に入れたいと考える人は、再販を望まれる絶版本の場合、基本的に前者が多い。ここで、絶版本の希少価値をいう「アウラ」が消失した。

議題

  • ○○するチャンスが失われる,○○する能力が失われる=アウラの喪失?
  • 一回性とアウラとの関係は?
  • 希少価値はアウラなのか?
  • 臨場感とアウラとの関係は?
  • アウラと「また見たい」という欲求との関係は?(アウラが「見る」ことをどう変えたのか?)
  • 手間とアウラの関係は?
  • 人間関係(コミュニケーション)のアウラとは?
  • 「わざわざ映画館に行く手間を省き,自分の好きな時間に映画を視聴できるようになった」ことで失われたアウラは?

第1回「情報メディア」の役割と効果について,例を挙げて述べよ.

今回の課題の目的はメディアの役割と効果について考えてもらうことです.しかしながら,少なからずの人たちが「メディアの例を挙げて,その役割と効果についてのべよ」という問題と勘違いしていたようです(青文字位置参照).問題文はしっかりと読みましょう.

赤文字は議題になりそうな要素です.演習時に取り上げるので,各自,考えておいて下さい.

  • 「録音機」はある空間の一定時間における音を記録するものである。 ある人のスピーチを録音機で録音することによって、言葉だけでなく、話し手の感情や微妙なニュアンスまで伝えられるようになる。 「情報メディア」はある状況の情報を記録し、人がそれを知覚することで情報を伝えるものである。 同じ情報でも、人が解釈して人に伝える場合と、情報メディアによって伝える場合では質や性質の違う情報となって伝わってくる。 また、情報メディアの形式によっても性質の違う情報として伝わる
  • 情報メディアの例としてUstreamのようなライブ配信型の動画共有サービスを取り上げる. このメディアの特徴は生全世界配信を個人レベルで可能にする点にある. 現状では「新製品の販売待ち行列の様子」「漫画家が漫画を描いている様子」のような個人による試験的な内容が多い. このメディアはテレビのようなマスなメディアが取り扱わないようなニッチな内容(身近な事件や祭等)を個人が少人数(〜100人?)向けに生放送するのに向いている. 例えば個人による運用が可能なことから,室蘭の花火大会を様々な角度から見る…といった事も(配信する人がいれば)可能である. 趣味・趣向の多様性という現代社会に適合したメディアと位置づけることができると考えている.
  • 本の役割には、未知の情報の提供と、情報の保管がある。新しい知見を得るためであったり、 娯楽のために我々は本を読むことで、未知の情報を得ている。また、情報の保管は紙の保存期間が長いことによる保存性だけではなく、定期的に再販あるいは写本されることによって300年以上前の本と同一の内容の本を読むことができる。これにより、 技術や思想といった体系立った知識を0から再出発することなく我々は活用することができる。 以上が本の役割である。
    本が持つ効果については、内容が同一の複製が流通する事によって、 口伝以上の範囲と速度で思想の共有が可能となった ことが挙げられる。宗教における経典はその最たる例として、 理念、倫理観といった思想の共有 を担っている。 本だけではなく新聞等の印刷物一般についても同様に言える効果には、同一の内容をもった著作が誰でも手にはいることに担保して、書名、巻号を指示することによる仮想的な記述の共有が有る。 これにより、学問での先行研究を元にした発展的な研究や、文芸における批評等、引用が関る行為が"全文を引き写すこと無く"可能となっている。
  • 例として写真を挙げます。 写真の役割はその瞬間を保存することだと考えますが、それが何をもたらしたか?
    1.物事を伝えるときに使用することで正確に伝えることが出来る
    2.記録として残しておくことが出来る
    3.絵を描くのと違い時間を必要としない
    1は写真が登場する以前は相手に物事を伝えるには言葉や絵を使用していたと思 いますが、言葉や絵は抽象的すぎて正確に相手に伝わりにくかったはずです。写 真が登場後は相手もその瞬間を見ることが出来るので正確に情報を伝えることが 出来るようになったと思います。
    2はそのままの通りでその瞬間の情報を保存できるということです。
    3は必要時間的な意味です。絵も抽象的ではありますが情報を保存できるもので す。しかし、正確な絵を描こうとすればするほど時間を必要としそれは「瞬間の 情報」とは離れていってしまいます。非言語的な情報を時間をかけずに保存でき ることが長所であると考えます。
  • 情報メディアで伝えられる情報は、大抵は作り手の考え方が入っている。 電話で話す内容は話す人間の考えに基づいているし、新聞は文章を書く人間がいる。 よって情報メディアは人の考え方を他の人へ伝える役割を持っているといえる。 もちろん、情報メディアが無くとも会話で自分の考えを伝えることはできる。 しかし直接会っての会話、もしくは広場などで大勢の人に向かって話すなど、で きることは限られている。 それを拡張するのが情報メディアの役割である。 電話は遠くの人間に言葉を伝え、さらに相手の考えも伝わってくる。 テレビやインターネットは多数の人に向けて発信される。 画像や動画を使えば、言葉で伝えきれないことを伝えられる。 人間の感情は人と人とのつながり(コミュニケーション)で多く生まれるが、このコミュニケーションで感じられるものはあるものは他人との考え方の差である。 考え方が違うから人は感動を覚えるのである。 ならば、他人の考えを積極的に取り入れることができる情報メディアは今の世の人の感情を支えるものと言えるのではないだろうか。
  • テレビ、新聞、インターネットといった情報メディアによって私たちは「世論」というものを知ることができる。「世論」とは多数派の意見である。 つまり、メディアによって何が多数派で、何が少数派なのかを私たちは知るのである。 この多数派、少数派の確認にメディアは大きな役割を持っている。 長いものには巻かれろという言葉があるように、多くの人は少数派よりも多数派に属していたいと思っている。自分と同じ意見の人が多くいることは安心感を得ることができるからである。 逆に、少数派であることは孤独や周りとの対立を感じてしまう。そのため自分で意見が形成されていない場合などには、簡単に多数派の意見に同調してしまうことがある。 逆に自分の意見をしっかり持っている上でそれが少数派だとわかった場合、周りの意見には流されないが少数派であるという孤独感を消すために、自分と同じ意見を持つ人同士でコミュニティを形成することで多数派の安心感を得ようとする。 例えば、インターネットなどでは特にそういったコミュニティの形成が容易で、Twitter、mixi、2ちゃんねるなどでは、様々な「世論」を持ったコミュニティが存在している。つまり、メディアによって知らされる多数派、少数派の情報は、 同じ意見を持つ人同士のコミュニティの形成を促す ことになっているのとともに、 私たちの意見や思想の形成に大きな影響を及ぼしている のである。
  • 情報メディアの役割の一つは知識の伝達だと思います. 例えば勉学では書物やインターネットなどのメディアによって知識が伝達されます. それにより学習したい事を簡単に得る事ができるため,個人の学力が向上され社会の発展にもつながっていると思います
  • 情報メディアは発信元から受信元へ情報を伝えるという役割をもつ. とりわけマスメディアは,一度に不特定多数に情報を伝えることができる. 例えば,災害等の緊急時では,気象庁が発令した警報をマスメディアにより伝えることで,迅速な避難を促すことができる. テレビやラジオコマーシャル,折り込みチラシなどの広告は, 情報メディアを利用することで短時間で不特定多数に伝え広めることができる. また情報メディアは発信元と受信元で情報伝達におけるルールを定めているので,物理的距離によらず正確な情報を享受することが可能となる.
  • 情報メディアとは様々な様式で与えられる。 例えばインターネットなどのニュースサイトを考えてみる。 これらの役割は実際に起った事象を伝えることで、効果は起った事象を世間に知らせることである。 しかし、実際に与える効果は別だと考えられる。 サイトによって様々であるが、実際に起ったことだけでなく著者の感想意見が入ってるものが数多く見られる。 これによって得られる効果は変わり、「実際に起ったことを知ることができる」ではなく&color(red,white){「実際に起ったことに対しての意見を知ることができる」}ことになる。この違いは自分がその事象に対してどう思うかについて大きく関わってくるだろ う。
  • 情報メディアとは情報を伝達する媒体のことで、新聞、テレビ、ラジオといった報道機関(マスメディア)、CDやビデオテープなどの記録媒体、電話や郵便、インターネットなどの通信媒体などが挙げられる。
    通信媒体によって離れた人と文字、音声、映像などの情報を共有することができる。 最近ではインターネットのサービスが発達し、TwitterやFacebook、mixi等のSNS によって、以前よりも簡単に多くの人と交流することができるようになった
  • 情報メディアのもっとも基本的な役割は,情報を多くの人へ遠くまで発信することである. 個人が情報メディアを使わず情報を発信しようとするとき,手段はいろいろあるが,大抵は身の回りの人物へ伝えるのが精いっぱいである. しかし,情報メディアを利用すれば,日本,場合によっては世界中の大勢に対して一瞬で情報を拡散することができる. テレビであれば,電波が届く範囲にあるテレビを持つ家庭すべてに情報を発信できる. インターネットを使えば,ネットにつなげる環境をもつすべての人へ情報を発信できるのである. こうした情報メディアを用いることによって,大勢のいろんな地域の人たちが,同じ情報を共有することができる. 情報メディアの役割とは,様々な地域の多くの人へ情報を発信すること. 情報メディアの効果とは,それらの人たちが同じ情報を共有することができるということである.
  • 掲示板には情報を書き留めておく役割があり、見る人に時間を超えて伝達する効 果がある。 また、N棟の掲示板のように掲示板自体に価値を持たせることで、そこにある情 報が重要であることも伝えている。
    このように情報を伝達する経路となることが情報メディアの役割である。 また、その効果は時間的・空間的な短縮を図ることが「可能」であることである。 掲示板の例では、見る人次第で必ずしも短縮するとは限らない
  • 情報メディアの1つにインターネットがあり、パソコンや携帯電話などの端末があればネットで情報をやり取りすることができる。 インターネットが普及した結果、通信販売が多くの人に利用されるようになった。 それにより、外出または遠出しなくても本など様々な商品を買うことができるようになった。 一方で書店が減りつつあり、それは通信販売を利用する人の増加が理由の一つになっているのではないかと考えられる。
  • 近年、身の回りには様々なメディアが存在しています。 テレビや電話など様々な形のメディアがありますが、中でもインターネットは人の社会と深く結びついている情報メディアになります。 こうした情報メディアの共通の役割としては複数の集団(あるいは個人)で情報を共有するための媒体であるといえます。 つまりは情報を提供する側と受け取る側を結びつける道具に過ぎないということです。
    こうした情報メディアは様々な形で進化して来ました。 大昔は情報を伝える手段として「文字」や「言葉」を作り出すことで他の集団と情報のやり取りを行っていたと思われます。 この「文字」や「言葉」もメディアの一つでしかないと考えられます。 こういったメディアの場合、情報を伝える側と情報を受け取る側は同時間に同じ場所にいる必要が有りました。 しかし、「手紙や新聞」・「電話」・「テレビ」・「インターネット」と様々なメディアの登場によって時間や空間を越えて情報を共有することが可能となりました。 これは、情報を提供する側と受け取る側の間には距離や時間などの制約が無くなったことを意味します。 例えば「インターネット」を用いれば自宅から好きな時に世界中の情報を見ることが可能となっています。 また、「テレビ」等ではリアルタイムに情報を受け取ることが出来ます。 人は情報メディアによって自分の必要とする情報を必要とするタイミングで得られるようになりました。 このような情報メディアの効果をまとめると以下のようなことが挙げられます。
     ・情報を不特定多数に伝えられる
     ・情報をリアルタイムで伝えられる
     ・情報を好きなときに得られる
     ・情報を好きな場所で得られる
  • 私は情報メディアとして「新聞」を選択する。インターネットニュースの台頭で、新聞の地位が危うくなる、と言われているが私はそうは思わない。新聞には情報メディアとして、ただ、情報を載せるというだけの役割だとは考えない。新聞の特定分野の情報の集積と、その要約がその役割だと考える。
    先日の講義で先生が仰ったように、購読している新聞の違いにより政治的立ち位置が変わってくる。それは、その特定分野での情報を収集し、要約しているからだ。新聞はほかのマスメディアと比べ、掲載できる情報量が多い。
    本来ジャーナリズムとは特定の中立的な立ち位置から真実を報道するというものである。しかし、人間がそれを行っているので必ずしも立ち位置が中立とは言えない場合がある。ただ、大量の情報があふれかえっている現代、情報の要約はとても重要である。その要約の段階でその記者の立ち位置による偏向がかかってしまう。ただし、それを最小限に抑えるのがジャーナリストの最も重要な仕事であるはずである。
    情報の集積と要約により、世の中に大量にある情報を時間をかけず、大量に集められることが、新聞の情報メディアとしての効果である。しかし、特定の立ち位置による偏向がかかった情報は、嘘の情報を流布するよりも害である。その害を退けるために、真実をそのまま伝えることになると、今度は情報の量が増えすぎて扱えなくなる。これにより何かしらの判断を行うときに、情報不足に陥ってしまう。なので、新聞の情報メディアとしての役割は無くてはならない。その一方でその効果によりあまりよくはない結果に陥ることもある。
  • 情報メディアの具体的事例として「写メール」をあげる.
    写メールは携帯電話のデジタルカメラ機能であるが,情報メディアとして捉えることができる.つまり,写メールは被写体から撮る人,そして見る人へ写真という情報を運ぶという観点から,情報メディアであるいうことができるのである.現代人の多くが常に携帯している携帯電話にカメラ機能を搭載したことによって,日常の中で思いがけないモノを発見したときやコトに遭遇した際,それらを写真データとして保存することが可能となった.写真は一般の消費者にとっては,記念的な特別なもの(特に撮影することについて)であったが,写メールによって写真撮影行為の機会が増加した.また,撮影した写真データが携帯電話上で閲覧可能なため,他者に自分が撮った写真を見せるという機会の増加を導いている.携帯電話に保存された写真データは人と人とのコミュニケーションのきっかけという役割を持つ.
  • ・役割
    情報を他者に伝える.この場合の他者は特定の他者の場合もあるし,不特定多数の他者の場合もある.また,情報が発信者の意図通りに受信者に伝わっているかは保証されない.
    ・効果
     ・情報(知識)の共有
       ニュースや教養番組,本などから自身の知らない情報を入手し知識とすることができる.知識の継承という点でも非常に重要なメディアの機能である.
     ・思想の操作
       たとえば,マスコミによる偏向報道によって,情報の受け手の印象を操作する.情報の送り手が送るべき情報を取捨選択することで起こりうる.
     ・感覚的情報の共有
       映画や演劇,絵などから伝わる感動を共有することができる.
     ・意思の伝達
       意思も情報のひとつである.例としては,選挙の街頭演説などがあげられる.意思が伝わらないと他者とのコミュニケーションは成立しない
  • 「握手」人との接触により,相手と自分の感情を情報として,記録,共有を行うことができる. 手を握る長さや強さ,握手に応じるか応じないかなど.
    また,その握手の様子を見た他の人にも,何らかの感情が情報として,記録,共有されるかもしれない.

2007年度

後半戦(須藤担当)スケジュール(予定)

  1. 12/8 ガイダンス/演習の準備(えんぴつによるリンゴの塗り絵)
  2. 12/15 演習1 10:25-11:55, 12:55-14:25(デッサン演習 講師:北海道教育大学 小北麻記子先生)
  3. 12/22 演習2の説明、実験計画
  4. 1/18 演習2 実験1
  5. 1/26 演習2 実験2
  6. 2/2 演習2 プレゼンテーション

演習1

  • 意図
    2次元(つまり網膜に映った像)から3次元の存在感えるには, 人は実際には固定された平面だけをみているわけではなくて, その裏側や周りこみを意識している. それを明示化してやらないと存在感がでない. ってことを理解してもらう.
  • 準備するもの
    • B3画用紙
    • 鉛筆HB
    • ねり消しゴム

演習2

身体性と結びついたアフォーダンスを実感する.


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2011-12-12 (月) 10:56:32 (2530d)